わきもとさき個展 わたしはおうちのお当番

会期|
2023.7.3 - 7.17(水曜日は休廊)
時間|
15:00 - 20:00
場所|
パープルームギャラリー、パープルーム1 3/4
企画|
パープルーム、梅津庸一
協力|
千葉一夫、みどり寿司、有限会社 ブルースカイ

本展について




このたびパープルームギャラリーでは、わきもとさきによる4年ぶりの個展「わたしはおうちのお当番」を開催する。
前回2019年の個展「ひとりくらし」では展覧会の会期中わきもとが開廊時間以外もずっとギャラリー内で生活し、文字通り美術と生活の境界に揺さぶりをかけた。とはいえ、前回の個展はパープルームのキュレーションの色が濃かったため本展は鑑賞者がわきもと作品が持っているポテンシャルとじっくりと対峙できるようきわめてシンプルな会場構成となっている。
わきもとは一貫してホームセンターで売られている資材、使い古された布や生活のゴミ、配達物などを寄せ集めて作品をつくっている。それを美術の用語に当てはめればアッサンブラージュの手法に分類することができるだろう。けれども、わきもとの作品からはかつての「ダダ」「ポップアート」「ヌーヴォー・レアリスム」の気配はあまり感じられない。わきもとは美術史の上での闘争とは一定の距離をとり、自身の生活と制作の純度を下げないよう気を配っているのだ。わきもとが戦後日本の前衛美術の流れを汲む美術批評家、椹木野衣を「さわちゃん」呼ばわりすることからも明らかなように、美術界の序列に簡単に順応しない。それどころかわきもとは公共料金やカード会社からの督促状にもまったくうろたえない。わざわざ規範から逸脱することなく規範に無頓着という態度なのだ。また、制作中にいつの間にか睡眠をとり作品になる予定の物体はたちまちわきもとの寝具になってしまう。わきもとの並外れたマイペースさは「つくるとはなにか」という根本的な問いと無関係ではないし、すっかりパターン化されてしまった美術界のあらゆる営為に対して「まぁ、あわてるなよ。ゆっくり考えよう」と諭しているようでもある。

パープルームは移転を予定しておりここでの展覧会も残すところあと2、3回だろう。始動して9年目になるパープルームの今後を占う意味でも本展は重要な意味を持つ。なお、会期中の7月4日にはわきもとの父であり演歌歌手の千葉一夫とわきもとによるイベント『生活とリサイタル 演歌と寿司と美術のハーモニー』がみどり寿司で開催される。演歌と寿司と美術の共演を是非、体感してほしい。


梅津庸一



以下はわきもとによる覚え書きである

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展覧会の新作
作品をつくっているもの/素材説明など
①《又この泉にかえる》

◆作中の衣類は私物、祖母が着ていたパジャマ、労働先で拾った誰のか分からないスカーフなどが詰められていて、一部ごみ箱の中に入っている。ごみ箱の中には衣類と鏡。
◆中央の板に貼ったケバケバした布は《きょうだい関係》の布団の中から生まれた兄弟的なもの…布団の中にずっと住んでいたらこんな風になりそう…
◆左側の電球は労働先で廃棄されたもの。それを覆うのはアニマル用フェンス。その上からわたしの作品の一部を印刷し転写した布で、骨を覆うお肉のように包んでいる。

この作品ちゃんは最近一番身近にあった作品かもしれませんなり。
今回の展覧会をやるかやらないかいつまでも決断できなかったわたしは、労働のために早朝に起きて、真横に立っているこの作品と目が合ってから一日が始まる日々がしばらく続きました。
まじ真横で寝たりしていたので、下の出っ張った茶色い紙の部分が毎日ちょっとずつ削れていきました、、、
労働から帰って疲れて寝てしまっても横にいらっしゃる作品ちゃん(硬くて体温もないし寧ろ冷たいし喋るわけじゃないし〜…)と毎日目が合う。

小綺麗な泉ではない。
わたしはキレイで整ったものよりも、うっかり付いちゃったほこりや髪の毛みたいなものの方が信用できる。その炎症のようなものや不自然とともに生きていきたい。
泉のように日々自然にあふれ出る生活物やわたし自身の営み、労働と生活と制作を行き来すること、うまくやり繰りできない事、作品をお世話したりお世話されている気分になったり、作品や生活・自分の間で発生する総てのコミュニケーション?の中で生きているぞ!ということを表現したかった作品ちゃんです。
進むこともあるし停滞すること、ルーティーン的な生活の循環も必要だと思う。
なんで作品を作っているのかも分からないときもあるけれど、真実を提示しなければ!と思います。
(語彙力が乏しくて適切な表現かわかりませんが…)
今日もわたしは作品ちゃんと循環する流れの一部となって生きていますなり。


②《きょうだい関係》
《又この泉にかえる》と兄弟の作品。

◆自身の衣類や生活物などで出来たハリボテ兄弟。
◆箱の上に軽くはなさそうな布団を背負っている。

家族のかたちは色々あるけれど、同じ親から生まれたものでも、同じ屋根の下でちがう生物が暮らしているような感覚が常にある。
わたしには3つ上の兄がいて、顔は似ているけど、食べものや物事の好き嫌いは真逆です。
ハリボテのようだけれど、家族って不自然で自然?なかたちなのかも、と日々思う。(悪い意味ではないです)
パープルームの関係性にも似ていると思うし、花粉がついたときに人それぞれ炎症具合が違うように自然なことなのかも、と思ったり。
梅津さんの花粉が付いたのか、箱の中のふたつの子はなんだか梅津さんの陶芸作品に少し似ている気もする。

作品にとって誠実な制作態度や関係性って何ですなりかね…?
わたしは切実な生活態度の表現(エポスカードとか…)を作品ちゃんに取り入れることがあるけれど、かと言ってつらい生活状況で被害者づらをしたいわけではない。(自分のせいで上手く生活ができていないので…ぷに…うまく生きることをやり繰りするのってたいへんなりね)
大自然の中で自給自足できたらよかったのかもしれないけれど、わきもとは虫が苦手なりなり。。 展示をやらずうじうじしている間は作品を売ることは誠実ではない!と思ってしまうわきもとの自我太郎も顔を出していました。。
でもお金がないと生活は破綻していくなり…
制作や美術をやっていく上ではそのような自我太郎とも自分自身で交渉していかなければいけないなんて、表現をして生きていくってたいへんなりね

2019年の個展はパープルームに入ってから1年後だったので、気がついたら相模原に来てもう5年も経っている。
その間は生活でも美術でも色々なことがあった。自分にも身近な美術界、というものがじめじめと重く暗くなっていくぞ〜ぐわー…と感じながら、作品ちゃんと向き合っていくことしかできなかった
美術について暗いきもちになりたくないので、いつも言葉をやんわり濁してしまったり、沈黙してしまったりしていたけれど、自分の性質や立ち位置、パープルームのことを考えて色々なことを見直すタイミングに来ていると思う。(気づくのが遅すぎたかも、、、)
今まで自分の事しか考えられていなかったので改善できるところをみつけてがんばっていきたいなり。


わきもとさき





【スペシャルイベント】
『生活とリサイタル 演歌と寿司と美術のハーモニー』
出演|千葉一夫、わきもとさき

2023年7月4日(火)

開場|19:00〜
開演|19:10〜
企画|パープルーム
会場|みどり寿司
チケット|¥4,000 お寿司付き!

※ご予約はparplume@gmail.comまでお名前と人数をご記入のうえメールをお願いします。
お席に限りがございますので早めのご予約をお願いします。




作家のプロフィール

わきもとさき
1994年 東京生まれ
2018年からパープルームに参加