しー没個展  dear 戸田さん 〜お願い!!ブロック解除〜

会期|
2020.8.20-8.28(水曜日は休廊)
時間|
15:00-20:00
場所|
パープルームギャラリー
企画|
パープルーム (梅津庸一)
協力|
パープルーム予備校

本展について

「しー没」の作品を初めて見たのは2015年にビリケンギャラリーで開催された二艘木洋行と工藤陽之によるキュレーション展「ニセ・ザ・チョイス」だった。この展示はイラストレーション誌(玄光社)の誌上コンペである「チョイス」の応募者、入選者、審査員などが一堂に会したオフ会のようなものだった。「しー没」の作品は「概ねたか」という名義で展示されていた。しー没の作品からはいわゆる商業イラストらしさは感じられない。そういう意味では80年代の「日本グラフィック展」との連続性も指摘できるかもしれない。
しー没のドローイング作品は家計簿のノートやA4サイズの安価な紙を支持体にシャープペンシルや色鉛筆、クレヨンなどありふれた素材で描かれる。画面にはキャラクターらしい形態や、ぐにゃんとした不定形が散乱している。支持体として家計簿がよく用いられるためしー没の描くイメージは常に罫線や「金額」、「収入」といった項目と同居することになる。それは授業中に先生に見つからないようにこそこそ描いた教科書やノートの隅のらくがきを思わせる。一見、罫線や欄の水平垂直の線や枠はしー没の生み出す様々な水準の線やメモ書きのような文字とは無関係に見える。しかしながら罫線や欄は副次的なものではなく、しー没の仕事の質を認識し判断するための枠組みとしてかなり重要な役割を担っているように思う。
また「キャラクターの断片」という点で言えば梅沢和木を連想させるが、しー没の描くキャラクターはすべて横顔であり、男子児童が好きそうなメカっぽさを有している。しー没によればデジタルモンスターや爆丸(タカラ・トミーの男児用玩具)、レトロゲーム(ダークセイバー、エピカ・ステラなど)から深く影響を受けており、カバヤ食品のおまけとギリシャ彫刻を足したようなものを目指しているのだという。梅沢とは明確に違う趣味性を持っていることが確認できる。
さらにオートマティズムを思わせる筆跡はサイ・トゥオンブリー、そして不定形の形態はシュルレアリスムの作家であるイヴ・タンギーと比較したい、というような欲望にかられるが著名な画家の仕事との類似性がしー没の作品の価値を担保しているわけではないのだ。ここでは詳しく触れることはできないが、絵画と呼ばれる媒体はその領域内での専門性や批評性が重要視されるが、絵を描く上での運動神経や動体視力、造形の演算の水準などはそれらとはあまり関係がない。

しー没はドローイングと並行して音楽制作も手がけている。カセットテープでリリースされている音源(ノイズ/エクスペリメンタル)はタブレットやiPhoneの音楽アプリを2、3個組み合わせて作るという極めてシンプルな手法がとられており、それを聞く限りメロディーもサビもなく非常にとっつきにくい。ライブパフォーマンスではティッシュペーパーを食べたり噛みちぎったり、口の中いっぱいに含んだりしながら、iPadの画面を連打する。
そんなしー没のマニアックな音楽はドローイング作品と同じように簡潔な反復を伴う手法によって生まれており、小さな規模で最大の熱量を生み出そうとしているという点において共通していると言えるだろう。また音楽のノイズの密度や質感はドローイング作品におけるキャラクターの組織の断片やそれを生み出している振動と同期しているようにも感じられる。

本展ではしー没はギャラリーの壁を使ったウォール・ドローイングに初挑戦した。この作品はいつものA4サイズのドローイングと併置される。その相違点や共通点を確認することでわたしたちが日常の営みの中で知らず知らずのうちにしている行為(メモ書き、らくがきなど)と意識的に行う作品制作との境界を再考することになるだろう。つまりそれは「人が絵を描く」とはいかなる行為なのかについてあらためて考えることでもある。

このウォール・ドローイングは会期が終わると消滅してしまうのでぜひとも展覧会場で実際に見て欲しい。

最後にドローイングの名手であるしー没が絵を描く際に最近唱えているという言葉を3つ紹介したい。
1、「グラフィティをコマにしてボードゲームをする」
2、「マシンを組み立ててることがすでにマシンに乗ってること」
3、「ハイスピードロボットレース」



梅津庸一(2020年8月15日)

作家のプロフィール

しー没


1987年生まれ。鳥取出身。

2010年頃より概ねたか(おおむねたか)名義で家計簿を使ったドローイングを始める。

2011年、雑誌イラストレーション主催の誌上コンペ「ザ・チョイス」にて第177回天明屋尚の審査、第180回日下潤一の審査で入選。
東京イラストレーターズソサエティ主催の第10回TIS公募にて金賞。
その公募展を見にきていた装丁家の鈴木成一から見出され、展示していた作品が斎藤環著「世界が土曜の夜の夢なら」の装画に使われる。
家庭用ゲームの専門誌「ファミ通」の読者投稿のコーナー「ファミ通町内会」に2009〜2014年頃まで同名義で時々投稿。

2013年頃からアメリカのオークランドのアンビエント系カセットレーベルConstellation Tatsu(通称しー辰)の名前をもじったConstellation Botsu(しー没)の名義で音による活動を始める。

2014年7月よりアメリカのカセットレーベルより初カセット「萎びてられっか」をリリース。以降毎年コンスタントにリリースを重ねる。同年末ごろより主にiPadとティッシュペーパーを使ったライブパフォーマンスを始める。

2015年8月、高円寺pockeにて初個展「しーPUNK」開催。
2015年11月二艘木洋行、工藤陽之キュレーション「ニセ・ザ・チョイス」展参加(ビリケンギャラリー)参加。

2016年夏、高円寺FAITHにて個展「世界がドローンの夜の夢なら」開催。

2017年夏、高円寺pockeにて個展「絵zra」開催。
2017年10月、4回目のゲルゲル祭(パープルームプーポンポン)に参加。12月、鳥取で行われたパープルームによる展覧会「パープルーム大学 尖端から末端のファンタジア」に参加。

2018年10月、Chim↑Pom「にんげんレストラン」内のイベント「urauny dinner」参加。

2019年1月、高円寺pockeにて個展「しゅつ没」開催。3月には星川あさことの二人展「We welcome you」を高円寺pockeにて開催。