きりとりめでると未然の墓標(あるいはねこ動画の時代)2019−2020
- 会期|
- 2019.12.31.-2020.1.13(木・金曜日は休廊)
- 時間|
- 15:00-20:00
- 場所|
- パープルームギャラリー
- 企画|
- きりとりめでる、パープルーム(企画サポート)
- 協力|
- パープルーム予備校
本展はきりとりめでるを招いての企画となります。1989年生まれのきりとりめでるはデジタル写真論や『パンのパン』という批評系の同人誌の発行、展覧会の企画などに取り組んできました。きりとりにとって重要な関心ごとのひとつに「ポストインターネット」が挙げられます。ここではポストインターネットをiPadやiPhoneなどのデバイスがわたしたちの日常にすっかり定着し、ネット環境が当たり前のものとして普及したあとの状況とそれに伴い発生した新しい様式や知覚、または美学と仮定します。
きりとりはそんなポストインターネット世代の作家の動向を2011年の震災以降ずっと観察してきました。ICCで開催されたインターネット中継のみのイベント、インターネット・リアリティ研究会などが果たした役割も無視できないでしょう。そして2016年に”きりとりめでる”と名乗って以降はそのシーンへの介入度さらに強めてきました。内部もしくは近い距離からの観察に裏付けられた批評、研究、展覧会企画によって日本におけるポストインターネット、そしてメディア・アート、現代視覚文化研究におけるきりとりの存在感は増すばかりです。
そんなここ数年で台頭してきたインターネットや新しい批評言説に由来する動向をきりとりの視点とパースペクティブを通して見つめ直します。本展はこれらの動向が歴史化される前の段階、まさに今起こっている出来事の一端を記録し、開示したいという思いから企画されました。展覧会や作品には直接は現れない背景やプロセスも展覧会にあわせて発行される冊子になんらかのかたちで記録されます。
本展はこの一年の間、様々なクラスタの動向を見つめてきたパープルームギャラリーにとっても重要な機会です。彼、彼女らとパープルームは同時代の同じ地域やインフラの上で活動してきたにも関わらず、活動領域や表現における信条が微妙に異なっていたためこれまでお互いの存在は認識しながらもほとんど接点を持ってきませんでした。
2019年最後の日から始まり、2020年の一番はじめの展覧会とも言えるであろう、本展はテン年代の動向の総括に一矢報いるのみならず、2020年以降の表現との連続性を提示することになるでしょう。
本展が「わたしたち」にとってのあらたな「出会い」もしくは「すれ違い」となることを望んでいます。
以下はきりとりめでるによるステートメント
2011年にTwitterとネットサーフィンで出会った美術批評や現代美術は、東日本大震災、短期的に勃興し消えたお絵かき掲示板といったウェブプラットフォームといった、只中のリアリティと向かい合っていました。地方大学の花嫁修業学科と揶揄される場で就職活動に無意味だとされる思想史を学んでいた私にとって、目のくらむような生き様でした。後にそれらがポストインターネット・アートと区分されうる動向であると知ります。
たとえば、メディア・アートは未来を先取りするような技術的な可能性へ焦点を当て、ポストインターネット・アートは、現在、またはちょっと前の過去に一般化したイメージや技術への言及、陳腐化を率先して行なってきました。その行為は状況分析を超え、ちょっとだけ先の未来への想像力を与えるものでした。
現在は、実在しない過去が捏造され、未来、すなわち別な可能性への想像力は異世界転生というクリシェとして消費されています。この分断時代を往来できる公共的情報はもはやニュースではなく、ねこ動画をはじめとする無害な娯楽コンテンツのみ。捏造された過去と永遠に到来しそうにない未来への傾倒という分断に対して、現在が空洞化した時制をわたしたちは等しく生きているのではないでしょうか。そして、わたしたちは、あらゆる時制を未来でも過去でもなく、未然という近さへ手繰り寄せることが必要なのではないでしょうか。
そこで、本展はねこ動画の時代における、物の見え方の変化、そしてそこから演繹できる時間論と世界的な位相のズレ自体について考えうる展覧会を目指し、作家選定をおこないました。
写真家である守屋友樹は、現在と過去に強く依拠する写真の時制を、未然へとずらす作品を制作しています。到来すべき遠い未来ではなく、目の前の可能性、ありうる事象を考えさせます。山形一生は、イメージの生成自体に言及する、超短期的なスパンでのメディア考古学的な映像作品を構成してきました。本展では、現在的な映像生成の混交の状態を示す作品を展示します。原田裕規は、産廃業者から引き取った、棄てられる寸前だった膨大な作者不詳の写真と向き合ってきました。誰かの過去を引き受けるということ、それをどのように取り扱うのかを自問自答し、その中で生まれた初期作品を出展します。関真奈美はシステムを作り、それを完遂するパフォーマンスを行なってきました。本展では、モーション記録を3Dプリンタで出力した立体作品を展示します。来るべき記録を想像させる作品です。
ポストインターネットアートを広義にとらえると、インターネットが終わる時までに制作された作品全てを含むことに成りえます。2010年代最後の日に始まる本展が、その漫然とした流れを見直す契機となるよう願っています。
関真奈美
1990年生まれ。2013年武蔵野美術大学彫刻学科卒業。言語とイメージ、物理空間と多次元に代理表象された空間を往来する手続きを踏む。主な展示や発表に、「乗り物」blanClass(2017)、「(real) time と study tables」space dike (2017)、「PJB」BankART1929 (2017)、「記録係 vol.羽島市勤労青少年ホームを記憶し記録する1日」羽島市勤労青少年ホーム (2019)、「敷地|Site」武蔵野美術大学gFAL (2019)など。_
原田裕規
美術家。1989年山口県生まれ。社会の中で取るに足らないとされているにもかかわらず、広く認知されているモチーフを取り上げ、議論喚起型の問題を提起するプロジェクトで知られる。作品の形態は絵画、写真、展示(インスタレーション/キュレーション)、テキストなど。代表的なプロジェクトに「ラッセン」や「心霊写真」を扱ったものがある。主な個展に「One Million Seeings」(KEN NAKAHASHI、2019年)、編著書に『ラッセンとは何だったのか?』(フィルムアート社、2013年)など。
守屋友樹
写真家。1987年北海道生まれ。京都造形芸術大学大学院修了。「still untitled 」をキーワードに作品を制作している。また「spontaneus reproduction」と称し、自身と関係のない展示などを自発的に記録、本の制作を行う。 主な個展に「シシが山から下りてくる」Gallery PARC(2018年)、グループ展「7th Dali International Photography Exhibition Asia photo book showcase」中国 大理市(2017)。 2019 年には第21回写真「1_wall」 増田玲 選 奨励賞 、2016年に第14回写真「1_wall」鷹野隆大選 奨励賞を受賞。
山形一生
1989年埼玉県生まれ。生物飼育、テレビゲーム、インターネット、映画といった経験を規範に制作を行なっている。主な展示や発表に、『surfin’』(2016)、『Seeing Things』(2016, tokyo arts gallery)、『optical camouflage』(2017, Youkobo Art Space 2F)など。角銅真実のMV『窓から見える』を制作し、映像作家100 - NEWAWARDS2018の最優秀賞を獲得している。