青春と受験絵画

会期|
2020.11.28.-12.6.(水曜日は休廊)
時間|
15:00-20:00
場所|
パープルームギャラリー
企画|
梅津庸一
協力|
荒木慎也、新宿美術学院ほか

本展について



現在、日本における美術大学の運営は少子化や経済規模の縮小などの影響で厳しい局面を迎えています。定員割れの学科も増え多くの美大が近い将来、廃校になるか総合大学に吸収されることは避けられないでしょう。したがって、美大の下部機関である美術予備校はそれよりも早くなくなってしまうことが予想されます。資料や作品が現存するうちに受験絵画や美術予備校教育について再考し記録することは急務なのです。


受験絵画とは美術大学の入試で課題として出される絵画作品の呼称です。ひとえに受験絵画といっても様々なバリエーションが存在し、これが受験絵画であると簡単に定義することはできません。
本展における「受験絵画」は油絵科および絵画科の試験用のための修練として描かれた作品、あるいは合格作品の再現作品を指します。本来であれば時間をかけて考察しながら描く油彩画を受験絵画の場合は1日、もしくは2日で描き上げなくてはいけません。しかも出されたお題に答える必要があります。そのために考案された数々の裏ワザのようなテクニックや受験を突破するためのノウハウは何十年もの間、更新され続けしっかりと体系化されています。油絵科の受験絵画はたんに「うまい」とか「下手」という二元論では評価することも鑑賞することも困難ですし、美術史や絵画史と直接紐づけて考えることも難しい。つまり受験絵画とは特殊な進化を遂げガラパゴス化している領域であると言えます。 また美大受験のための下部構造として存在してきた美術予備校は長い間、美術にとっての「恥部」として虐げられ、もしくは目の敵にされてきました。美術予備校は産業でもあるので大手予備校は生徒数を確保するため熾烈な合格者数争いを繰り広げてきました。予備校側の「傾向と対策」によって生み出される妙に小慣れた作品たちは美大側が求める「表現者の原石」とは程遠く、終わることのない予備校と美大の騙し合いやイタチごっこは互いの亀裂を深めていく要因となりました。『機動戦士Zガンダム』に登場する「強化人間」は投薬や心理操作により人の持つ潜在能力から能力を強引に引き出し人工的にニュータイプに近づけるというものです。美術予備校における受験教育は短期間に集中的に特殊な訓練をさせることで受験絵画のメソッドやアーティストらしい自我をほぼ誰にでも身につけさせることが可能です。その点において美術予備校は劇中に登場する強化人間を作り上げるニュータイプ研究所と似た側面があると言えるでしょう。


そのような意味合いを持つ美術予備校ですが、同時に多くの美術作家の働き口でもありました。川俣正、村上隆、奈良美智、小沢剛なども当時は予備校講師のバイトをして生計を立てていました。たとえば戦後間もない頃から続く美術の専門誌『美術手帖』も美術予備校の広告によって広告費の多くを賄っていた時代もありました。つまり美術予備校、美術大学、美術業界はひとつの大きな円環を成してきたのです。しかし中村政人「美術系大学受験の石膏デッサンはだれのため?」(『美術手帖』1999年5月号)など一部例外はあっても基本的に美術予備校や受験絵画が表立って語られることはありませんでした。


ところが近年、急速に受験絵画や美術予備校の存在が一般にも知られるようになりました。2010年にKaikai Kiki Galleryで開催された『現役美大生の現代美術展– PRODUCED BY X氏』、山口つばさ『ブルー・ピリオド』(2017年-、講談社 アフタヌーンKC)、会田誠『げいさい』(2020年、文藝春秋)、荒木慎也『石膏デッサンの100年 石膏像から学ぶ美術教育史』(2016年、ART DIVER)など、ここ最近受験絵画や美術教育を題材にした展覧会、漫画、小説、研究書が立て続けに開催・発表されたためです。
ちなみにわたしが2013年から主宰している「パープルーム予備校」や現代アートにおける絵画と受験絵画の連続性を指摘するターム「ネオ受験絵画」を提唱した2012年の論考『優等生の蒙古斑』(『ラムからマトン』(2015年)ART DIVERに収録)もこれらと近い関心領域から生まれました。


本展には60年代に描かれた作品から現在高校に通う生徒の受験絵画まで50年以上の期間にわたる受験絵画27点が展示されます。
70年代の「新美調」、「どばた調」以降の独特な再現描写のシステム化と絵画における「場」を過度に意識した「絵作り」とのあわいで受験絵画のメソッドの基礎が構築された80年代、受験のルールと絵画という形式自体を疑い揺さぶりをかける作品が登場する90年代、「絵心」を取り入れようと一見オーガニックでナチュラルな絵画への擬態が試みられる2000年代など、様々な潮流を実作品を見ながら振り返ります。
本展は現役美大生の受験生時代の作品、のちに著名なアーティストになった方の作品、途中で美大進学を諦めた方の作品など、長い間ブラックボックスに包まれていた受験絵画、半世紀分を並置し総覧できるまたとない機会です。
受験絵画というテーマは多くの人々にとって一見、狭くニッチなものに思われるかもしれません。しかしながら受験絵画にはとても多くの論点が含まれているのです。美術界の学閥問題やキャリアパスのあり方から「絵画の見かた」、「中心と周縁」、「人間にとって美術や絵画とはいったいなんなのか?」という本質的な問いまで挙げたらきりがありません。
また、ある特定の文化や技術体系がどのように受容され普及してきたのかといった歩みは美術に限らずあらゆる分野の営みと通じているはずです。


パープルーム予備校に併設されたパープルームギャラリーで本展を開催することは開廊当初からの強い願いでした。そして私事になりますが本展にはわたしが高校生の頃にいつも眺めていた作品も展示されます。当時は美術予備校のパンフレットに掲載された図版を通して見ていましたが20年ごしで実作品と出会うことができました。


「青春と受験絵画」を開催するにあたり作品を提供していただいた新宿美術学院、ならびに作品所有者の方々に心から感謝いたします。


梅津庸一






作家のプロフィール

1960年代からごく最近までの当時受験生だった方々