桑原正彦 《ビニール製の夢(ハニ−のおなか)》 1995年 oil on canvas 41.0 x 32.0 cm
Courtesy of Tomio Koyama Gallery

「新しい具象」とは何だったのか? 90年代のニュー・フィギュラティヴ・ペインティングをめぐって

会期|
2019.4.13.-4.27.(水・木曜日は休廊)
時間|
15:00-20:00
場所|
パープルームギャラリー
企画|
梅津庸一 、西村智弘(企画協力)
協力|
小山登美夫ギャラリー、S.O.C. Satoko Oe Contemporary、西村画廊

本展について



この度、パープルームギャラリーでは『「新しい具象」とは何だったのか? 90年代のニュー・フィギュラティヴ・ペインティングをめぐって』を開催することになりました。

「新しい具象/ニュー・フィギュラティヴ・ペインティング」は『美術手帖』1998年11月号の特集に登場した現代アートにおける絵画部門の当時の同時代的な傾向を示すタームです。
ジョン・カリン、ピーター・ドイグ、リュック・タイマンス、エリザベス・ペイトンなど現在アート界で強い影響力をもつ海外の作家、そして国内では奈良美智、杉戸洋、小林孝亘、桑原正彦、O JUN、長谷川繁らが名を連ねていました。ただ、海外と国内の動向は必ずしも呼応関係にあるとは言い切れないでしょう。

90年代に頭角を現した「新しい具象」の画家たちは現在、画家として円熟期を迎えつつあります。
また美術大学の教員として美術教育にたずさわっている者も多く、次世代の美術家への影響は無視できません。
彼らは学生時代のわたしにとっては視覚的にとっつきやすく、時系列順に作品が思い浮かぶほど身近な存在でした。 しかし、いつの頃からか彼らの問題圏とは違った場所で活動したいと思うようになり、しばらくの間忘れていました。

2014年に活動を始めたパープルームはこれまで美術大学を卒業した作家が大半を占める美術・アートの世界への疑問、懐疑から、砂漠アルキ、予定と卵、しー没、リスカちゃん、deep sea、超エッチ+(プラス)といった美大卒ではない作家やアートの世界では無名の作家、世代の離れた作家、観客ともプレーヤーとも言い難い人々と積極的に協働してきました。
パープルームという運動体は常に矛盾を抱え込みながらも、大きな固有名や既存のインフラに依拠した美術ではなく生態系全体による美術を志向してきました。そのため様々な異なるクラスタを同じ展覧会で紹介したり、過去の様々な古層を掘り返したりということにも注力してきました。

しかし、最近になって先行世代がやろうとしたことをあらためて確認したいという思いが強くなりました。パープルームが見ている複雑な生態系やパープルームの活動の背景にはいったいどのような前提や動機があるのかについて明言を避けてきたところがありました。わたしたちは美術史に限らず歴史を読み直して再利用・再検証することを好んでやってきましたが、特に近過去についてはあまり触れてこなかったのです。パープルームが前衛なのかはわかりませんが前衛が成立するためには本陣が必要です。わたしたちは本陣を探している最中なのかもしれません。本展はそんな問題意識の中で企画されました。


前置きが長くなりましたが、本展は桑原正彦、小林孝亘、長谷川繁による3人展です。



桑原正彦は1959年生まれで奈良美智と同い年です。20代の頃、絵画に可能性を見出せず一時絵画制作を中断していましたが、奈良美智、村上隆、太郎千恵蔵の作品に出会い再び絵画の制作を再開しました。90年代中頃は本展にも出品されるビニール製の人形や、やや社会風刺的な画題などが見られましたが、90年代末以降はより甘美でゆるゆるとしたスタイル、主題に移行していきました。それ以降、現在まで一貫してハイトーンのジョルジョ・モランディを思わせるような色調で多幸感溢れる雰囲気の作品を描いてきました。桑原の絵画はたんに脱力系でフラジャイルというわけではなく、ゼロ年代のキャラクター絵画や最近の美大生の絵画作品と多くの共通点が見出せます。この点はもっと言及されても良いはずです。


小林孝亘は1960年生まれです。80年代半ばから90年代半ばまでは潜水艦をモチーフにした作品を描いていました。本展に出品される小振りのペインティングはグレーの背景の中央に潜水艦がぽつんと描かれています。この作品が未完である点や、背景の絵の具がクールベのように厚ぼったい点など、小林作品を考える上で興味深い作品です。小林の作品は先行世代である画壇の洋画家たちとも同時代のニューペインティングに感化された作家たちとも、フォーマリズム絵画の作家たちとも一定の距離を保ちながら自己の内的な世界を描いてきました。抽象に還元するわけでも、モチーフの記号性に依存するわけでもない中庸でニュートラルな絵画リテラシーを持っているように思います。強いて言うならば60年代のヴィヤ・セルミンスと近いところがあるのかもしれません。


長谷川繁は1963年生まれです。日本、ドイツ、オランダで絵画を学び描くという行為の身体化、内面化をおし進めたアスリートのようにストイックな画家です。本展に出品されるドイツ留学時代の1991年に描かれた初期作品はドイツ表現主義の芽を長谷川なりに発芽させる瞬間を垣間見るようでスリリングです。オランダ時代の後には高さ3メートルの縦長のキャンバスにポットや生姜などのモチーフを絵画における構図のゲームを半ば放棄したかたちで次々に生み出しました。2000年代からは絵画の構造を文字通り脱構築していく孤独な戦いを展開していきます。長谷川の見ている絵画の世界には「具象」と「非具象」があり、その上位概念として「抽象」が存在しています。現代における絵画の実存を概念ではなく実技の領域で探求している稀有な画家と言えるでしょう。



このように「新しい具象」と言っても、彼らの仕事はこの3人をざっと確認するだけでも一括りにできるものではないことは明らかです。しかしながらこの世代の画家たちの歴史的な位置づけや、「新しさ」の基準、制度や美術教育の面からの影響、そして実際に絵画の中でどんなロジックが駆動しているのかということは今一度しっかりと検討し直す必要があります。

さらに新人洋画家の登竜門とされた安井賞の作家たち、島田章三、山本文彦、有元利夫、櫃田伸也といった彼らの先行世代との人間関係上のつながりや断絶だけではなく絵画様式の連続性を見ていくことも重要です。それは現代アートにおける「絵画部門」が乗っている地盤の地質調査ということに留まらず、昭和という時代、そして文化におけるミームを絵画を通して覗き見ることにもなるはずです。



梅津庸一(パープルーム)







【関連イベント】
シンポジウム「ニュー・フィギュラティヴ・ペインティングの検証と記録」

日程|4.14(日)18:00より
参加費|無料
登壇者|梅津庸一(司会)、西村智弘、小林孝亘、長谷川繁ほか
場所|パープルーム予備校




作家のプロフィール


桑原正彦 1959年生まれ、小林孝亘 1960年生まれ、長谷川繁 1963年生まれ