わきもとさき個展 『ひとりくらし』

会期|
2019.8.24.-9.1.(会期中無休)
時間|
14:00-20:00
場所|
パープルームギャラリー
企画|
パープルーム(梅津庸一)
協力|
パープルーム予備校

本展について



この度パープルームギャラリーではわきもとさきの個展『ひとりくらし』を開催いたします。
わきもとさきは美術系の短期大学の出身ですが在学中に自らの進むべき方向性を見つけることができず、卒業後数年間フリーターとして過ごしていました。そんなわきもとは1年ほど前にパープルーム予備校にやってきました。わきもとがパープルーム予備校に入った理由は「ひとり暮らしがしたかった」というものでした。
当時のわきもとには美術やアートという領域で具体的に何かをやりたいという展望はなかったようです。
その後、わきもとは身のまわりのものを使ったコラージュ作品をつくり始めます。わきもとの作品の主題は一貫して「ひとり暮らし」です。わきもとは生活にまつわる様々なもの、レシートや光熱費の用紙、自身のツイートを印刷したもの、漢字ドリル、広告、部屋の埃、糸、レジ袋、一緒にシャワーを浴びてくしゃくしゃになった紙など様々な素材でコラージュ作品を日々制作してきました。
わきもとの作品は一見すると現代美術というよりは生涯学習講座のワークショップで作られた成果物のような雰囲気が漂っています。それはわきもと本人の主体性や創作意欲の希薄さからきているのかもしれません。また、わきもとの作品にはキュビスム的な分節やジャンクアートのように廃品を寄せ集めたような荒々しさを見出すことができますが、美術史や美術の外部の先人たちが作ってきた文脈は前提とされていないようです。
しかしながら美術作品が美術史のダイヤグラムの上に生起しマッピングされるというものであるのだとすれば、それは作者の主体や動機とどのように関係しているのでしょうか。
わきもとの作品には一般的に美術作品というものが危なげなく成立するための諸条件が十分に備わっているとは言えないでしょう。
であればこそ、わきもとの作品に対峙することによってわたしたちは美術というものがいかなる価値体系によって担保されている(きた)のかということをあらためて省みることになるはずです。インサイド、アウトサイドという二項対立ではなく、そのあわいにはもっと様々な立場や役割があり、その多くがいまだに潜伏したまま眠っています。わきもとの活動がこの潜伏している「もの」や「人」の営みを照らし出すきっかけになるかもしれません。


2018年に開催された「パープルタウンでパープリスム」は相模原のパープルームの関連施設6箇所が会場となったツアー形式の展覧会でした。わきもとが住むアパートの一室であるパープルーム1 3/4 も会場のひとつでした。わきもとの自室に複数人の作家の作品がところ狭しと並び、展覧会のためにアパートには仮設のステージや壁などの構造物が運び込まれました。わきもとはそのステージが気に入り展覧会が終わってもそのステージを撤去することはなく、その上で生活を続けています。そしてそれはステージの床全面に紙を貼った大きなコラージュ作品《ひとりくらし》につながっていきました。わきもとは半年以上の間ずっと作品の上で生活、制作し続けており作品は日々変化しています。つまり、わきもとのコラージュ作品には制作の行為だけでなく生活のあらゆる痕跡が定着しているのです。


これらの試みは形式だけ見れば1970年に彦坂尚嘉によって自宅個展として計画、実行された《フロア・イベント》を彷彿とさせます。彦坂は自室の畳の上にラテックスを撒きました。それに対してわきもとは自室の「仮設」のステージを「常設」として取り込み、その上で生活や制作にまつわるすべてをエンドレスに行い、様々な情報を床と部屋に付与し続けています。
「コラージュ」は異なる素材を結合する絵画の手法ですが、わきもとは「生活」と「制作」を文字通り結合しました。それは「日常」と「非日常」の境目がなくなるというよりも、変容した「日常」に慣れていくことでその「日常」が当て所なく続いていくことを再確認させるものかもしれません。


パープルームギャラリーにはいわゆる作品だけでなく、わきもとの自室のステージや生活用品が持ち込まれ、会期中わきもとはギャラリー内で生活します。この類いの実践には一見なんの新鮮味もないように思われるかもしれません。しかしながら、わきもとの《ひとりくらし》は先人たちがこれまで散々行ってきた「ワーク・イン・プログレス」や「パフォーマンス」とは違う目的や原理で駆動し実践されます。


本展は「生活すること」、「つくること」、「展覧会を開くこと」を無防備に開示します。その行為によってわたしたちにとって自明のものとなった「美術」や「生活」に揺さぶりをかけます。わきもとの生活の断片であるコラージュ作品たちはギャラリーの中で乱反射し、わきもとの「一人暮らし」は複数化することでしょう。



パープルーム(梅津庸一)








わたしの一人暮らし


こんにちは。
パープルーム予備校生のわきもとさきですなり。
わたしは今、神奈川県の相模原で一人暮らしをしていますなり。

その前は東京の下町に住んでいて、家族はお父さん・お母さん・お兄ちゃんとわたしの4人ですなり。
お父さんはしゃべり方もゆっくりでぼーっとしていておじいちゃんみたいな人なのに対して、お母さんはハキハキ喋る人で性格は何事もはっきりさせたいタイプのようです。
お兄ちゃんとは性格も食べ物の好みも全然違うのであまり会話することがありませんなり。
自分はどちらかというとお父さん似なのかなと思いますなり。

実家は12階建てでオレンジっぽい茶色のマンションの2階に住んでいました。お父さんの仕事道具が積まれた部屋の片隅にある机が自分のスペースでした。
わたしは勉強が嫌いで、自分の机の上で教科書を広げた回数は他の人より少なかったように思います。
宿題も嫌で嫌でしょうがなくて夏休みの読書感想文もまともに出したことがないくらいでした。でも図工だけは大好きな時間でした。
そんなこともあり、美術系の短大へ行かせてもらうことになりました。おっけい。
だけど、短大では課題などを思うようにこなすことができず教授からは「作品つくるのやめちゃえば?」と言われる始末でした。しょんぼり。

短大を卒業後、特にやりたいこともなかったのでアルバイトをしながら実家暮らしをしていました。
わたしはその間、短大の頃の「トラウマ」とまだ美術をすることを諦めきれないという漠然とした気持ちを抱えながら過ごしていました。

自分はあまり地元や実家暮らしというものにこだわりが無く、特に劣等感を持っているわけでもありませんでしたが、一生ここにいるのは何かいけないような気がしていました。

そんな時、たまたまネットでパープルームの存在を知りました。
パープルームの第一印象はアクリル製のピンク色のキューブを見ているようでした。

いろいろ考えた結果、わたしはパープルームに入学をすることに決めました。

わたしは相模原という土地すら知らなかった状態だったので何のイメージもなかったんですが、実際に 相模原に住んでみると、夜中にヤンキーがバイクをブンブン鳴らしていたり、引っ越して早々よるに散歩をしていたら自転車に乗ったおじさんとすれ違いざまに怒鳴られたり・・・その日のうちに相模原の光と闇の顔を見た気がしちゃったなり。
でも相模原にも好きなところがあって、まずアパートの家賃が安いのとスーパーが多いので一人暮らしをするにはいい条件が揃っていると思いますなり。
相模原で一人暮らしのスタートをきったことは幸か不幸かわかりません。

パープルームに入ってしばらくは働かずに貯金などでやりくりをしていたけれど、一人暮らしをするということは自分で働いたお金で生計を立てるということなので、わたしはアルバイトを探しましたなり。
探していたところ、梅津さんがアルバイト先を何個か教えてくれて、今わたしはファミレスでアルバイトをしています。

パープルームに入ってから、わたしは「一人暮らし」をテーマに作品を作ることになりました。
それは何か美術でやりたい表現があったわけではなかったのでそのテーマになりました。
身の周りのいろんな素材を使ってコラージュ作品を作っていますなり。
いちばん最初に作った作品は「home bag」シリーズでした。
引っ越したての自分は料理があまりできなかったので、できあいの食事をお店から買ってくるという生活でしたなり。その時の食べ物が入っていたビニール袋を自分のお家として袋の中に「生活」を入れたような作品として「home bag」は生まれましたなり。

それからだんだん日常生活の中で自然とコラージュ作品の素材になりそうなものを探すようになりました。今までとは違うところに目がいくようになっていきました。特に生活していく中での偶然の汚れや痕迹が気になりだして、わざと絵の具で画面を汚してみたりテープを剥がしてみたりもするようになっていきましたなり。時には色画用紙と一緒にお風呂に入ったりもしてそれも素材にしていますなり。

わたしの作品の中に《お隣さんはむずがゆい》というシリーズがあります。
それはわたしの両隣と上階から不快な音がすることから作るようになった作品です。
わたしは生活をしていると、布団や生活用品が画材やコラージュの素材とごっちゃになっていってしまいます。制作途中で力尽きてコラージュの上で寝ちゃうこともあります。
わたしはいつもひとりでは起きれないので梅津さんがよく電話してくれたり、家まで起こしに来くれたりします。
それでも2度寝しちゃうこともあるなり。

わたしにとって作品を作るっていうことは、毎日の生活の中での予想外のこととかわからないことと向き合うことです。それはとても楽しいことなり。これからもそれを追求していくなり!おっけい!

ところでわたしのセリフの語尾には「なり」がついていたりしますが、これは最近ついたものですなり。
「なり」をつけるとなぜか元気になるなり。



わきもとさき(パープルーム予備校5期生)








作家のプロフィール

わきもとさき
1994年生まれ
東京都出身
パープルーム予備校5期生